プレスリリース内容
本件のポイント
- ネパールで 1991–2007年に実施された国際協力事業団(当時)(JICA)の治水砂防技術協力プロジェクトでは、竹や樹木の植栽、石を詰めたかご(蛇籠)の設置など、現地材料を活用した簡易な砂防工法が導入されました。
- これらの工法は、低コストで住民参加で実施可能なものでしたが、生態系を活用した防災?減災(Eco-DRR※1)の一例であり、土砂災害の被害を抑える効果が期待されています。
- 本研究では、施工後約20年を経た現場を調査し、過去の施工地における長期的な有効性、構造的健全性、社会経済的効果や地域への貢献を明らかにしました。
本件の概要
弘前大学農so米直播命科学部地域環境工学科 鄒 青穎 准教授と檜垣 大助 名誉教授らの研究グループは、ネパールにおけるEco-DRRの長期的な効果を検証しました。
ヒマラヤ山脈を抱えるネパールでは、急な斜面や雨の多い気候に加えて地震も多く、土砂災害が頻繁に発生しています。こうした課題に対応するため、1991年から2007年にかけて、国際協力事業団(当時)(JICA)がネパール政府と協力し、治水や砂防の技術を導入しガリー侵食や河岸侵食対策などで、現地で調達可能な材料を活用し、石詰蛇籠の設置や竹?樹木の植栽といった森林植生や地域の自然を素材とした対策が試験的に複数の地域で実施されました。
今回の研究では、導入から20年以上が経過した施工地のうち3か所(ピパルタル(Pipaltar)、ダハチョーク(Dahachowk)、ナル?コーラ(Nallu Khola))を対象に、写真や現地調査を通じて植生の回復状況や構造物の状態を比較しました。さらに、地域住民への聞き取りも行い、Eco-DRRの社会経済的効果や課題を検証しました。その結果、竹や森林などの緑化が進み(図1)、土地の安定化が確認され、荒廃していた地域の生態系が回復しつつあることが示唆されました。一方で、蛇籠構造物が経年的腐食?破損により変形しつつも、土砂堆積物の捕捉や植生定着を促し、谷の安定化に寄与しましたが、その長期的効果は不確かで今後の検証が必要です。また、豪雨時に蛇籠や水路が土石流を一部抑制したものの、一部は埋没?破壊され、Eco-DRRの極端現象への脆弱性が示唆されるとともに、より高い耐久性を備えた設計の必要性が浮き彫りになりました。谷の侵食を防ぐために植えられた竹などの植物は、柵や籠、ほうき、家畜の餌として利用され(図2)、地域の暮らしにも役立ってきました。しかし近年は経済の発展により、生活が市場に依存する形に変わったため、こうした植物の利用は以前に比べて低下している可能性があることが分かりました。それでも、住民は環境保全に配慮し、植生を持続可能に利用する方法を実践しており、JICA事業で設立されたユーザーズグループ(Users’ Group)※2 の保全活動が地域の森林や土地管理において効果を上げていることも分かりました。本研究は、Eco-DRRの 持続的な活用に向け、定性的な評価だけでなく、今後は定量的な検証も重要であることを 示しています。
意義と展望
Eco-DRRは、従来のコンクリートや石を用いた構造物に比べ、低コストで施工できるうえ、地域の生態系や景観と調和し、持続可能な防災対策を実現できるのが特長です。また、地域資源や住民の知見を活かす取り組みとも結びつきやすく、社会的?環境的なレジリエンスを高める手段として、近年国際的にも注目されています。
一方で、効果がすぐには目に見えにくく、長期的に現れることが多いとされています。本研究は、こうしたEco-DRRの長期的効果を検証した数少ない事例として大きな意義があり、自然を活かした工法が地域社会に定着しやすく、環境にやさしい防災対策として期待できることを示しています。本研究の対象はネパールですが、アジアのモンスーン地域には、地形や気候条件、災害リスク、経済?社会構造が共通する国が多くあります。そのため、本研究の成果は、世界の同様の課題を抱える地域でのEco-DRRの応用にも直接役立つことが期待されます。
論文情報
【タイトル】Assessing the long-term effectiveness and socioeconomic benefits assoc iated with ecosystem-based disaster risk reduction measures aimed at m itigating the impact of sediment-related events in Nepal
【著者名】Kakinuma, H.,Tsou, C.Y.*, Higaki, D., Kawakami, R., Gautum, C.S.
【DOI】https://doi.org/10.1016/j.pdisas.2025.100464
※本研究の一部は、同研究室に所属する柿沼 隼人 氏(第一作者:2025年学部卒、現?弘前大学大学院農so米直播命科学研究科)が卒業論文の一環として取り組んだものです。
資金援助
本研究は、令和6年度砂防?地すべり技術センターの研究開発助成(砂技発第11号、代表:鄒 青穎)を受けました。
参考情報
※1:近年、頻発する地震や気候変動に伴う極端な降雨の増加により、とくに山間部では 地すべりや土石流などの土砂災害リスクが高まっています。一方で、これまで多く用いられてきたコンクリート構造物などの従来型防災手法は、老朽化や維持管理コストの増大、さらに自然環境への影響といった課題に直面しています。
こうした中、世界的に注目されているのが、自然の力を最大限に活かす「Eco-DRR」です。Eco-DRR は、森林植生や地域の自然素材といった自然の緩衝機能を活用して災害リスクを軽減する新しい防災手法で、低コストかつ持続可能な対策が可能です。また、防災効 果にとどまらず、生物多様性の保全や炭素吸収、資源循環など、環境面での“副次的な恩恵(co-benefits)”ももたらすことが明らかになっています。そのため、Eco-DRRは防災と環境保全を同時に実現できる、次世代の災害対策の重要な手法として注目されています。
※2:ここでいうユーザーズグループ(Users’ Group)は、現地住民や関係者が JICA?ネパール政府の実施した技術協力プロジェクトに協力するための組織です。この活動を通じて得られた知識や経験が地域に広がるにつれ、グループによる主体的な災害軽減や環境保全の取り組みが広がり始めました。また、プロジェクト終了後も活動を続けられるよう、 住民の主体性を育てることも目的としています。
詳細
プレスリリース本文は こちら(934?KB)
お問合せ先
弘前大学農so米直播命科学部 准教授 鄒 青穎(ツォウ チンイン)
Tel:0172-39-3842
E-mail:tsou.chingyinghirosaki-u.ac.jp
弘前大学農so米直播命科学部 名誉教授 檜垣 大助(ヒガキ ダイスケ)
Tel:090-2994-0634
E-mail:dhigakijphuyahoo.co.jp