弘前大学

葉緑体の遺伝子を読み取る酵素の機能制御に関するこれまでの仮説を覆す新たな手がかり

2026.01.08

プレスリリース内容

本件のポイント

  • 植物細胞の一部である葉緑体は独自のゲノムを有しており、そのゲノム中の遺伝子は光 合成をはじめとする葉緑体の機能に不可欠です。葉緑体の遺伝子を読み取る酵素「RNAポリメラーゼ」の1つ RPOTmpの機能を制御するしくみが十数年前に提唱されていました。
  • 弘前大学大学院農so米直播命科学研究科の大学院生3名(黒滝悠志さん、萩原侑輝さん、野戸康生さん)と藤井祥助教の研究グループは、同研究科の西野敦雄教授とともに、この仮説を初めて実験的に検証しました。その結果、従来の仮説は支持されず、RPOTmpの制御 には未知のしくみ関与する可能性が示されました。
  • この成果を、植物科学の国際誌「Plant Direct」から発表しました。

本件の概要

研究の背景

葉緑体は光合成を行う植物の細胞小器官で、独自のゲノムDNAをもっています。ここに書き込まれた遺伝情報から、光合成や葉緑体の維持に必要なタンパク質が合成されます。遺伝情報の読み取り(転写)には、RNAポリメラーゼ(注1)とよばれる酵素が必要です。葉緑体は、自らタンパク質を合成するためにRNAポリメラーゼをもち、その機能が植物の生育段階や環境に合わせて制御されることで、葉緑体の機能が支えられています。

植物は進化の過程で葉緑体のRNAポリメラーゼの種類を増加させてきました。単子葉植物(イネやトウモロコシなど)では2種類、双子葉植物(トマトやホウレンソウなど)で は3種類のRNAポリメラーゼが葉緑体で機能しています。このうち、最も新しいタイプと されるのが「RPOTmp」で、葉緑体に加えてミトコンドリアでも機能します。RPOTmpの活性は発芽直前の段階で最も高く、発芽が進むにつれて低下します。遺伝子改変によりRPOTmpを失った植物では葉緑体発達が遅れることから、RPOTmpは植物が発芽するときの葉緑体の急速な発達に対して重要な役割をもつと考えられます。2008年に、海外の研究グループが「RPOTmpの活性は、RPOTmpと相互作用するNIPタンパク質によって制御される」という仮説を提唱しました(図1)。以来、NIPタンパク質はRPOTmpの制御タンパク質としてほぼ唯一の候補として知られてきましたが、その機能は実験的に確認されてきませんでした。

図1:葉緑体のRNAポリメラーゼRPOTmpの機能制御に関する従来の仮説と本研究の成果に基づく新しい仮説。従来、葉緑体の発達する発芽過程におけるRPOTmpの機能抑制には、NIPタンパク質が関わるとされてきました。本研究でこの仮説を検証した結果、NIPは発芽過程でのRPOTmpの機能に影響を与えず、他の因子による制御が存在する可能性が示されました。

図1:葉緑体のRNAポリメラーゼRPOTmpの機能制御に関する従来の仮説と本研究の成果に基づく新しい仮説。従来、葉緑体の発達する発芽過程におけるRPOTmpの機能抑制には、NIPタンパク質が関わるとされてきました。本研究でこの仮説を検証した結果、NIPは発芽過程でのRPOTmpの機能に影響を与えず、他の因子による制御が存在する可能性が示されました。

研究の内容

そこで、弘前大学大学院農so米直播命科学研究科生物学コースの黒滝悠志さん(修士2年)、萩原侑輝さん(修士1年)、野戸康生さん(修士2年)と藤井祥助教からなる研究グループは、モデル植物シロイヌナズナ(注2)を用いて、NIPタンパク質を失った変異体を作成し、その機能を解析しました。

その結果、NIPタンパク質の有無は植物の生育や RPOTmpの機能にほとんど影響がしないことが明らかとなりました(図2)。さらに、同研究科の西野敦雄教授と協力して様々な植物種のゲノムデータ(注3)を比較解析したところ、NIPタンパク質はRPOTmpをもたない単子葉植物や基部被子植物(注4)にも存在することが分かりました(表1)。

つまり、RPOTmpよりもRPOTmpを制御するNIPのほうが進化的に古いことになり、両者の間に想定される制御関係が成り立たない可能性が見出されました。以上の発見から、研究グループはRPOTmpの制御に関する従来の仮説を見直し、NIPタンパク質に依存しない未知の制御メカニズムが、発芽時に葉緑体が発達する場面で機能する可能性を提唱しました(図1)。この成果は、2026年1月7日に植物科学の国際誌である「Plant Direct誌」から発表しました。

図2:NIPを欠損した実験植物シロイヌナズナ。遺伝子改変されていない野生型植物とNIP遺伝子を欠損した 変異体を比較したところ、表現型に差は見られませんでした。

図2:NIPを欠損した実験植物シロイヌナズナ。遺伝子改変されていない野生型植物とNIP遺伝子を欠損した変異体を比較したところ、表現型に差は見られませんでした。

表1:様々な植物種におけるRPOTmpとNIPの有無。RPOTmpは双子葉植物に特有のタンパク質ですが、NIPは単子葉植物や基部被子植物にも存在することが明らかとなりました。NIPタンパク質はRPOTmpより進化的起源が古いと考えられます。

表1:様々な植物種におけるRPOTmpとNIPの有無。RPOTmpは双子葉植物に特有のタンパク質ですが、NIPは単子葉植物や基部被子植物にも存在することが明らかとなりました。NIPタンパク質はRPOTmpより進化的起源が古いと考えられます。

成果の意義と今後の展望

本研究の成果は、生物の新しい遺伝子や成分の発見といったものではありませんが、これまで仮説の域を出なかった葉緑体の機能維持の仕組みについて、実験的に検証することで、その解釈を刷新したという点で重要なものです。RPOTmpは植物の進化過程で獲得された酵素で、双子葉植物の環境適応や成長制御に貢献していると考えられます。今回の発見は、このRNAポリメラーゼの制御を担う未知のしくみの解明に向けた第一歩であり、植物が多様な環境に適応する能力を支える分子基盤の解明に繋がることが期待されます。

論文に関する情報

■ 論文タイトル:Membranous interacting partners of phage-type plastid RNA polymerase have limited impact on plastid gene expression during chloroplast development(葉緑体のファージ型 RNAポリメラーゼと相互作用する膜タンパク質は、葉緑体発達過程の遺伝子発現制御にほとんど寄与しない)
■ 著者:Yushi Kurotaki, Yuki Hagiwara, Kosei Noto, Atsuo S. Nishino, Sho Fujii(黒滝悠志、萩原侑輝、野戸康生、西野敦雄、藤井祥)
■ 掲載誌:Plant Direct
■ DOI:10.1002/pld3.70122(URL:https://doi.org/10.1002/pld3.70122

語句説明

  • (注1)RNAポリメラーゼ:DNA上の遺伝情報を読み取り、RNAに転写する酵素で、遺伝子発現の最初のプロセスを担う。タンパク質の情報を有する遺伝子の場合、RNAポリメラーゼが合成したRNAの情報をもとにタンパク質が合成される。
  • (注2)シロイヌナズナ:アブラナ科の一年草。全ての遺伝情報が解読されており、特定の遺伝子が改変された変異型ラインが多数作成されているため、実験植物として広く用いられる。
  • (注3)ゲノムデータ:生物の全ての遺伝情報(ゲノム)を集約したデータのこと。異なる種のゲノム中にある遺伝子の配列情報を比較をすることで、その遺伝子が進化上どの段階で獲得されたかを推測することができる。
  • (注4)基部被子植物:スイレン目やアンボレラ目などを含む植物の分類群。被子植物には双子葉植物 と単子葉植物があるが、これらに分類されない被子植物の一群である。本研究では、アンボレラ (Amborella trichopoda)というニューカレドニア固有の植物のゲノム情報を用いた。

詳細

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お問合せ先

弘前大学農so米直播命科学部生物学科 助教?藤井 祥
TEL?FAX:0172-39-3957
E-mail:shofujiihirosaki-u.ac.jp